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2021.06.28

コメント映像<高橋克典>編!




高橋克典コメント

 黒澤明監督の映画は、この世界を志すからにはすべて観ておこうという思いもあって、若い頃から繰り返し観ていました。『醉いどれ天使』も何度観たかわかりません。初めて観たときはどう受け止めていいかわからないところもありましたが、年齢を経るごとに少しずつ意味がわかるようになり、染みてくるようになりました。
 この作品で黒澤監督が描いているのは、戦後の人々が必死に生き抜こうとする姿です。すべてが荒れて腐ったような環境のなかでも人間の命だけは輝いていて、主人公の松永も死を間近にしながらもその存在は燦然と輝いて見える。そこに、挫折した日本人が必死に這い上がって生きようとしている姿が投影されているような気がするんです。僕自身、若さというものが過ぎ去って、次の時期を生きるようになり、そういう生きるということに対するいろんなものが肌で感じられるようになっていますから。そんなときにこのお話をいただいて、非常にやりがいを感じているんです。
 真田という役も、今の自分だからやらせていただけるのではないかと、非常にうれしく光栄に思っています。真田は何層にもいろんなものを抱えている複雑な人物です。自分にもいろんな挫折がありました。ましてやコロナ禍ということもあって、今はいろんなことに直面せざるを得ません。でも、それでも生きていかなきゃいけない。ですから、自分自身を投影しながら、自分のなかにあるものを使って演じることができるのではないかと思っているんです。たとえば真田は、いつも飲んだくれていて、そこには何か理由があるとは思うんですけど、本当に医者なのかと疑うような部分もある。でも、自分で医者だと自負し、理想も持っていて、そのへんのねじれ具合なんかは自分と重なるところがあって(笑)。今から非常に愛着が湧いているんですよね。
 ビジュアル撮影は、どういうふうにやろうということは自分では考えずに臨んだんです。でも、衣裳を着て、髭をつけて、カメラの前に立ったら、まったく想像していなかった、役作りの参考にしたくなるような部分が自分で発見できて、今すぐ稽古に入りたい気持ちになりました。松永を演じる(桐谷)健太と一緒に撮影できたことも良かったですね。彼との対比が自然に立ち上がってきました。健太はものすごく爽やかでピュアな青年。松永という役も、純粋なものを手放さずにいるというか、この汚いものを脱ぎ去ってきれいになりたいという欲求を感じさせる人物です。ですから、健太は非常に役に合っているだろうし、松永は魅力的な役になるんじゃないかと思います。
 演出の三池さんとは、『サラリーマン金太郎』の映画版でご一緒していますが、やはり、人間の生きざまをえげつない部分まで描いた刺激的な作品が魅力。最近では市川海老蔵さんと作られた六本木歌舞伎『羅生門』が非常に面白かったですが、今回は自分も三池さんの影響を受けながら一から役を作っていけるのかと、楽しみにしています。
 コロナ禍で人と距離を取らなければならなくなりましたが、そうでなくても世の中は人と人が離れていっているような気がします。距離を取る良さもあるかもしれないけれども、僕はやっぱりそれでは寒い。これは、人々が体温が感じられる距離でぶつかり合い寄り添い合っていく物語です。ぜひ温まりにきてください。




2021.06.14

桐谷健太コメント到着!




桐谷健太コメント

 出演のお話があったときは、まず、「つながったな」と感じました。抽象的な表現でわかりづらいと思いますが、これまでの自分の思い、経験してきたこと、三池崇史監督を含め人との関係など、直感的につながった、と感じました。
 黒澤明監督作品にも思い出があります。小学生の時に通っていた塾の先生がとてもいい先生で、ある日、「今日は勉強をやめてみんなで今上映している『七人の侍』を観に行こう」とおっしゃったんです。ところが僕は行けなくて、なぜ行けなかったのかは覚えていないんですけど、子ども心に、「これは絶対観ておくべきやった」とずっと引っかかっていたんです。それで後に大人になってからレンタルビデオで黒澤作品を観るようになって。どれも、その時代にしか映せない何かがあり、その時代に生きていた人たちエネルギーがあふれているすばらしい作品だなと感じていたんです。『醉いどれ天使』もまさしくそう。ですから、今回の舞台化にあたっては、そのエネルギーに負けないように、いや、むしろ超える気持ちで臨まないといけないだろうなと思っています。ちゃんと生きて帰れるのかというくらい(笑)、エネルギーを出さなければと。
 松永は戦争の生き残りで、なぜ自分は生かされているのかと考え続けています。おそらく現代ではほとんどの人が、どこか生きている事は当たり前で、その上で自分がしたいことや夢は何かと悩んだりしているけれど、あの時代の人たちは生きていること自体が当たり前じゃなく、生きるために生きていたのではと感じます。1日1分1秒がものすごく濃かったのではと。そのうえ戦場で仲間が死んでいくのを目の当たりにしていれば、僕らが想像する以上のトラウマを抱えているでしょうし。だから僕自身も、いろんな方に当時の話を聞いたりしながら、松永がどう感じて生きていたのかを追求したいと思っています。つらい思いにもなるでしょうけど、自分のなかでしっかり松永を膨らませて、稽古に臨みたいですね。
 三池監督は、今あるものに固執しすぎないというか、自由度の高い方です。ですから、稽古で日々変わっていく可能性は大きいだろうなと思っています。もしかしたら本番中でもガラッと変わるかもしれない。どうなっていくのか楽しみにしていますし、どうぶつかっても反応してくださる方なので、思う存分ぶつかっていくつもりです。それも、新しい桐谷健太を見せるということではなく、松永として生きて松永を野放しにするという感覚でやってみたい。共演の方とのお芝居でも変わっていくと思うので、本当に楽しみです。
 お芝居のうえで最もぶつかることになるのが、真田役の高橋克典さんです。お芝居で絡むのは初めてですが、一緒にお食事をしたり何度かお目にかかっていて、やさしい笑顔の方だという印象が強いので、ぶっきらぼうで口は悪いけれども実は情が深い真田に、すごくシンクロするなと思っています。松永としてはそこに飛び込んでいきたいけどいけなかったり、飛び込んでみたもののやっぱり出ていかざるを得なくなったりするので、その複雑な関係を、高橋さんとなら面白く表現できるのではないかと思っています。
 舞台版の脚本は映画では描かれていない部分まで書かれていて、映画の答え合わせをしてくれているように思います。といっても、押しつけがましい答えではなく、観た人それぞれに感じ方が違って、すっと染み込んでくるようなものになっています。それが生の波動で伝わることで、劇場を出たら、空の見え方が違って見えたり誰かに会いたいと思ったり、何か変わったなと思ってもらえるはず。そのことをお約束できるよう、僕らは惜しみなく力を出したいと思います。